多様化する価値観とモラル

掲載日: 2018年5月25日
更新日: 2018年6月8日

同窓会会長

杉田 豊

(昭和36年・中数卒)

ポピュリズムの台頭

 日本は今、経済成長が低迷するなか、人口減少の進行と相まって高齢化が急速に進んでいます。医療費の膨張は止まるところを知らず、所得格差の拡大も取りざたされています。
 世界に目を転じれば、各国の価値観に大きな変化が感じられ一抹の不安を感じます。このことを実感したのは、昨年秋のアメリカ大統領選です。衝撃の選挙結果でした。共和党のトランプ氏が勝利した時、マスコミはこの勝利を「戦後の国際秩序を揺るがす激震」と表現しました。
 自由と平等、民主主義、法の支配、開かれた市場主義といった普遍的価値観を、国家として具現してきたのがアメリカでした。そうした価値観に反する発言を繰り返してきたトランプ氏が勝利したのです。
 しかし、この動きに呼応するかのように、フランスやドイツでも「移民排斥」をあおるポピュリズム政党が支持を拡げ、東欧でもナショナリズムが勢いづいています。英国もEUからの離脱を決めています。

二冊の書類

全学同窓会名古屋地区交流会

 このような世相を反映してか、昨年暮れ二冊の書籍が話題になりました。「アウシュヴィッツの図書係」と「戦地の図書館」です。前者は、第二次世界大戦中、ユダヤ人であるがゆえにアウシュヴィッツ強制収容所に送られた少女が、禁じられていた読書を心の支えに生き抜いた物語です。「本」という新たな切り口でアウシュヴィッツの実態を提供してくれる貴重な一冊です。
 ナチス・ドイツは兵士の読書を禁じ、発禁・焚書により一億冊を超える書籍をこの世から抹殺しました。
逆に、米陸軍は兵士の士気と基地生活の質を向上させるために書籍に注目し、市民から寄せられた一億四千万冊を戦地に送り届けたといいます。「戦地の図書館」は、寄贈の経緯から本と兵士の関わりに焦点を当てて描いたものです。
 この背景の全く異なる二冊が戦後七十年の今、改めて注目されているのは書籍の影響力と併せてグローバル化の波に逆らっての施策、すなわち自国第一主義的な「アメリカ・ファースト」や西欧諸国の「移民排斥」をあおるポピュリズム台頭への懸念ではないかと思います。

ルールとモラル

 今年も静岡大学の入学式が、静岡市のグランシップで挙行されました。式後の記念講演は、児童文学者で同窓生でもある清水真砂子先生(ゲド戦記の訳者、昭和39中英卒)でした。先生の近著「大人になるっておもしろい?」(岩波ジュニア新書)に「ルールとモラル」について論じた一節があります。
 先生は、「一人の人間としてこうありたいと思うことが、国家や社会が枠組みとして突き抜けてくるもの(法令とか規則)とぶつかってしまう場合が往々にして出てくる。その時どうするか、なんですね」と問いかけ、さらに「規則は職場にも学校にもいつっだってあって、それが人間として恥ずかしくなく生きたいという願いとぶつかってしまうことがある。人としての思いを通せば、コンプライアンス違反になってしあう」と続け、この矛盾を「人々は自分の中でどのように処理しているのっでしょう」と問題提起しています。
 昨今の日本社会はコンプライアンスの大合唱で、「ルールこそ大事」、「ルールさえ守っていれば、人間として何一つ恥じることはない。そう思っている人が最近増えていないか」と心配し、コンプライアンスは、本来obedience(従順)と同じ意味を持っていたと解説をしています。
 さらに、人はルールを守るだけでいいのか。「批判なき真面目さは悪をなす」一つの例として「アドルフ・アイヒマン」をあげています。彼は「平凡な真面目な公務員で、ただ命令に従っただけで自分がユダヤ人殺害に関わっていたという認識さえなかった」ハンナ・アーレント著「イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告」人物だからです。
 その上で、極めて多忙であるにも関わらず「教師」の前に「公務員」ゆえに仕方がないといって声一つ上げない「平和時」の日本の小学校の先生が、アイヒマンと恐ろしく似ていないかと心配しています。
 価値観の多様化が進み、ポリュリズムが台頭する時代にあって、ただルールを遵守する日々でよいのか、人としてのモラルを大切にする心との相克にどう対峙すべきかこの歳になってなお捜索しているこの頃です。