学部卒業生の皆さん、大学院修了の皆さん、卒業並びに修了おめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。また、これまで手塩にかけ慈しみ、育んでこられた保護者の皆様にも衷心よりお祝いを申し上げます。
省みれば、この4年間、院生にとっては2年間ですが、まさに春秋に富んだ貴重な時間の連続であったことと思います。
大学という恵まれた環境にあって、優れた多くの師と出会い、生涯のよき友を得、いよいよ今日を境に皆さんは実社会に大きく羽ばたこうとしています。
どうか、これまで培ってきた「叡智」と「勇気」を存分に発揮し、社会に大きく貢献して頂きたいと思います。
さて、皆さん! 日本は今、人口減少の進行と相まって高齢化が急速に進んでいます。2025年には65歳以上の人口は30%に達し、2050年には100歳以上の人口が50万人に達すると予測しています。
政府は人生100歳社会の到来を唱え、医療の進歩と寿命の延長を歓迎すべきこととしていますが、長寿社会とは、人の死という根源的なテーマ、言い換えれば己の「生き方」に改めて向き合うことを余儀なくし、長寿は「憧れ」であると同時に様々な「不安」の種でもあります。
世界に目を転じれば、各国の価値観に大きな変化が感じられ「不安」が募ります。自国ファーストによる経済の今後、ポピュリズム台頭への危惧、核・ミサイル問題等の世界情勢が不安を増幅させています。
このような世相と相まってか、昨年暮れ1冊の書物が話題になりました。『漫画 君たちはどう生きるか』です。(読まれた方も多いかと思いますが。)
『君たちはどう生きるか』の原作者吉野源三郎は、1899年(明治32年)生まれの児童文学者であり、哲学者です。またジャーナリストでもあり、昭和を代表する進歩的な知識人と言われた人です。
ではなぜ、今また、この本が多くの人々の心をとらえるのか。
その背景の第1は、今の世相だと思います。一触即発の世界と我が国の歩みに何かしら不安を抱いているからだと思います。
実は、この作品の出版された1937年といいますと、軍国主義が日ごとにその勢力を強めるなか、盧溝橋事件が起こり日中事変となって、以後8年にわたる日中の戦争が始まった年でした。
そういう時代背景の中で書かれた書物です。
ヨーロッパでは、ムッソリーニやヒットラーが政権を取りファシズムが諸国民の脅威となり、第二次世界大戦の危険は暗雲のように全世界を覆っていた時代です。
わが国でも言論や出版の自由が制限され、自由な執筆が困難になっていまいした。この様な時勢の中、「次代を担う少年少女たちは希望であり、だからこそこの人達に、偏狭な国粋主義や反動的な思想を超えた、自由で豊かな文化のあることを伝えておかねばならない。人類の進歩についての信念を今のうちに養っておかねばならない」という思いが背景にあったと原作者は記しています。
ムッソリーニやヒットラーが英雄として賛美され、軍国主義がときを得顔に大手を振っていた時代を思うと、この見識を公にすることには、かなり勇気を要したことではなかったかと推測します。
吉野源三郎の没後、追悼の意を込めて書かれた丸山眞男の興味深い回想文があります。そのなかで、丸山は、本書はまさにその題名が直接示すように、第一義的に人間の生き方を問うた、つまり人生読本ですが、決していわゆる人間の倫理だけを問うた書物ではありません。社会科学的認識とは何かという問題提起をし、そうした社会認識の問題と切り離せない形で、人間のモラルが問われている点にユニークさがあると指摘しています。
私は、再度読み直して、丸山眞男の指摘する通り、人生いかに生くべきかを問う時、人としての倫理観を持つのみでなく、現実の社会を見据えた上での思索でなくてはならないという認識を改めてもちました。
そして、中高校生向きの昭和初期の書物が、今再びベストセラーとなって、子供のみならず大人にも読まれているということも、世界的に自国第一主義勢力が台頭しつつある現実に人々は不安を感じ、吉野源三郎の問いかけに共鳴するとともに、己の「生き方」を改めて見直すよすがにしているからではないかと思ったことでした。
高等学校の新しい学習指導要領の案も2月に出されました。
主要教科の一部で科目を大幅に見直し、全教科を通じ主体的な学習を求めています。新設の「歴史総合」では、18世紀以降の近現代史に特化し、日本と世界を関連付けて学ぶようになっています。
これまで避けがちであった近現代史を直視し、過去を理解し国際社会で主体的に生き抜く若者を育成したいという願いが読み取れます。
皆さんは、これからグローバル化した激動する実社会に身をゆだねることになりますが、覚悟が必要です。
皆さんの最初の大きな試練は、これまで是としてきた価値観では対応しきれない多様な価値観に遭遇することです。その中で「自分はどう生きるか」問い続けながら、新たな価値観に適切に対処する力を身に付け、未知の世界を主体的に生きていかなくてはなりません。
主体的に生きていくうえで、必須の要件は変化の激しい社会にあっても時流に流されない社会認識に基づいた人としての「モラル」を持ち続けることです。
これはまさに「君たちはどう生きるか」が暗示している中身なのです。
モラルは個人の価値観に依存し、社会性とも関わるもので、自己の生き方と密着させて具象化したところに生まれる思想、態度です。それだけに、個人の在り方が問われるのです。生き方が問われる所以です。
育英の道に進もうとする人には特に求められるものであります。
縷々申しあげましたが、皆さんはお若いのです。夢を持ち、辛抱強く社会に立ち向かう覚悟があれば、必ず道は開かれます。どうか、己を信じ、日本人としての矜持を持って充実した人生を歩み、自己実現して頂きたいと思います。
最後になりましたが、私たち同窓会は、皆さんの先輩として、少しでも皆さんの力になりたいと念じています。幸い、私たち同窓会は1世紀を優に超える師範学校時代からの強い絆で結ばれた組織です。
厳しい時代ゆえに様々な困難に遭遇しますが、一人で悩まず、いつでも電話やメールで知らせて欲しいと思います。できる限りの応援をします。
なお、皆さんの多くは、既に同窓会費を納めて頂いており、同窓会の「学生会員」として加入されております。これからは「一般会員」になります。今後は、同窓会誌[おおや]を年1回ご家庭にお送りします。大学の様子、友人の動向、後輩の様子など知ることができます。楽しみにして下さい。
そのため、住所の変更等がありましたら、是非同窓会事務局に一報を頂きたいと思います。またその後の近況等も知らせて頂ければ幸いです。
最後にもう一度、皆さんのご健勝とご活躍を心から祈念し祝いの言葉とします。本日は、おめでとうございました。
静岡大学教育学部同窓会長 杉田 豊